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【曽我部キキョウ】人を信じると、なぜ裏切られた気がするのか

「信じていたのに、なぜ…」

裏切られた。

信じた私が間違っていたのだろうか。

 

苦悶した経験のある人は、

一人や二人ではありません。

歴史上の有名人さえ、

裏切られ、傷ついています。

 

さて、この裏切りを語るにあたって、

ぜひとも取り入れたいのが、

性善説/性悪説という対立です。

 

この性善説と性悪説については

ある程度お判りいただいている前提で

話を進めていきます。

 

性善説を支持する人の特徴と言えば、

まずは、疑わない。

そして、期待を言語化しない。

結果、裏切られると自分を責める。

 

一方の性悪説支持者だと。

 

最初から期待値が低く、

傷つきにくい。

ただし、人を深く信じない。

 

どちらが正しいか、という話ではなく

善悪の問題でもありません。

 

問題は、自分の前提を

他人と共有しようとしていることです。

 

例えば、あなたが友情を信じて

お金を貸したとしましょう。

 

性善説を取るあなたは、

自分なら、必ず言った期日までに

取り立てられなくても返すので、

友人とも口約束で貸します。

 

結果。

待っても、催促しても。

友人からお金は返ってきません。

 

あなたは、裏切られたと感じるでしょう。

そして、信じた自分を責めます。

 

一方の性悪説の立場であれば、

借用証書を作っているか、

保証人を立てているか。

 

とにかく、その友人が

お金を返さないことを踏まえて

対策を取っています。

 

この例を見ても分かるように、

人は、性善説であろうと

性悪説であろうと、

自分の行動を相手に投影します。

 

これが、前提条件のずれです。

 

返してくれる「はず」と思って貸したお金も、

友人は「そのうち、できたら」返せばいい、

その程度だったかもしれない。

 

人は、それぞれの前提条件で生きている。

 

それを知らないまま、

自分の行動をそのまま相手もすると

考えた時点で、

性善説はただの無防備になるのです。

 

信じることも、善意も

悪ではありませんが、

無防備なままでは善意ではなく、

リスクとしかなりません。

 

人を信じてもいいし、

期待してもいいのですが、

前提条件のすり合わせはしましょう。

 

設計のない善意は、

優しさではなく、無防備です。

 

 

※過去の記事はこちらでご覧いただけます。

※ほしよみ堂の記事はこちらからどうぞ。

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曽我部キキョウ

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