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【曽我部キキョウ】花と樹木で読む人生観 第3部

第3部 人はなぜ、樹木として生きながら花を夢見るのか

 

人という生き物の基本構造は

樹木のように、積み重ねでできています。

 

生活、責任、信頼、関係性…。

 

ところが人間の脳は、

瞬間的な承認に強く惹かれるように

作られています。

 

喝采を得たい。

先のことなど忘れて、

今の快楽にふけりたい。

異性にもてたい。

 

樹木のように、地に足を着けて

その日その日を積み上げていくことを

良しとしながらも

浮ついた考えは止まりません。

 

理性で木を生き、本能で花を夢見る。

 

しかし、実はこれは、

二者択一の問題とは違います。

 

人は樹木のようにただ静かに、

そこにある生き物ではありません。

同時に、花を咲かせてばかりの

存在でもない。

 

あなたが樹木のような生活に疲れ、

花のような生活を夢見るなら

それは現実逃避と言います。

 

しかし、樹木も

季節に応じて花を咲かせるように

根を張ったうえで

花を目指すのは希望です。

 

同じように花開くときを夢いていても、

動機に差があります。

 

例えばここで、一者を選択し、

それだけで生きるとどうなるか

見てみましょう。

 

まず、花のように、

華やかさで注目を集めるだけだと。

 

誰かの承認なしには、生きられません。

称賛されてこその人生になってしまいます。

 

刺激を求めて彷徨います。

より強い刺激を求め続ける羽目に

陥るのは目に見えています。

 

しかし、花であることが

悪いのではありません。

永遠に花を咲かせていられると

勘違いすることが危険なのです。

 

一方の樹木。

花を見失い、諦めた人生を

考えてみてください。

 

ただの我慢の塊です。

 

現実主義だと言ってみても、

若さや情熱を侮蔑してみても

安定を正義にしてみても。

 

ひがみ根性にしか聞こえません。

安定を掲げながら、本当は挑戦が怖いだけ。

 

花咲くことができなかった痛みに対する

防衛本能なのでしょう。

 

しかし、このまま年を取ると、

若い頃に軽蔑していた大人そのものになる。

火を見るよりも明らかです。

 

そもそも人生がこじれてしまうのは、

木である人生を認めずに花だけ追いかける、

あるいは、花への憧れを切り捨てた時です。

 

人生は、植物そのものではありません。

 

日常が木であっても、

その気は花を咲かせるためにあり、

花はその木が生きている証です。

 

こうして循環してこそ、

人生なのです。

 

さて、今のあなたは

根を張る時期でしょうか。

それとも、花咲くために

つぼみを抱えているのでしょうか。

 

なぜ、根を張らないのか、

花を咲かせないのか、

言い訳を外せば、

原因はあなたの中にあります。

 

※過去の記事はこちらでご覧いただけます。

※ほしよみ堂の記事はこちらからどうぞ。

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