
【曽我部キキョウ】言葉は変化するもの、ときには「さようなら」さえも
『さようなら』 は
別れのあいさつなどに使われる単語で
品詞としては、
接続詞、感動詞、名詞として扱われます。
語源は接続詞の
「さようならば」、現代風に言うと
「それならば」という言葉です。
名詞としての「さようなら」は
お別れすることなどを指します。
感動詞として使われる
「さようなら」がいわゆる
別れの挨拶なのですが
使用者は減ってきています。
一説によると、7割の人が
「さようなら」とは言わないとか。
確かに、親しい間柄ですと
「じゃあね」、「またね」
あるいは「バイバイ」と言います。
目上の方などへは
「失礼します」、
同僚などには
「お疲れ様」。
なぜ「さようなら」はすたれたのでしょうか。
永遠の別れのような響きがあるから
というのが、理由の一つだそうです。
確かに、毎日の別れというには、
「さようなら」の響きは
重すぎる気がします。
逆に「恋人とサヨナラした」
など、もう会わない場合に
「さようなら」がしっくりくる、
そんなことはないでしょうか。
言語は日々変化しています。
現代の人々が使わなくなると
言葉は消えていきます。
辞書には載っているけれど
誰も使わない、という時期を経て
辞書にも載らなくなり、
淘汰されていくのです。
「さようなら」というのは
とても美しい言葉ではありますが
現代人のニーズにはあっていません。
やがて誰も使わなくなるのを
待つばかりなのでしょうか。
寂しいですけれども
これもまた言語の
運命なのかもしれません。
みなさんがある言葉を
残したいと思うのであれば
使うしかないのです。
残念ながら、このまま進むと
「さようなら」とは
さようならしなくてはならないでしょう。