ブログ

【曽我部キキョウ】退屈という名の贅沢を捨てる人々

その昔、人々は食べ物を得るため、

無事に明日を迎えられるために

日々動いていました。

 

単なる推測ですが、

危険を回避するための行動もあって、

あまり自由な時間というのは

なかったのではないかと思います。

 

文明が興り、国ができ、

人は「楽をして」生きていけるように

様々な工夫を重ねていきます。

 

生存のために使う時間が減り、

今夜寝たら明日が来ると、

疑わなくなっていったことでしょう。

 

現代の人々の生活を見渡してみると。

 

お腹がすいたらご飯を食べる。

食料は自分が生産しなくても、

誰かが作って、誰かが運んで、

誰かが売ってくれています。

 

それを買うための金銭を得るために、

第一次産業に限らず、労働をします。

さらに言うなら、生活費を得るためだけに

労働をしているわけではない人もいるでしょう。

 

そして、安全面でも

おそらく現在はそれほど心配が要りません。

 

もちろん、全く気にしなくていいかというと

そんなこともないかもしれませんが、

一日の終わりはベッドに寝転がって

明日は何時に起きようかと考えます。

 

つまり、今夜が終われば明日が来る。

無事に朝を迎えられるか、

いちいち気にしている人は

ごく少数ではないでしょうか。

 

そんな中で注目されるのが、

「何もしていない」時間です。

 

飲み食い、睡眠など、生命維持のための時間、

労働や家事、育児。

そういう時間を引いても、

まだ1日には時間の余裕があります。

 

そこで人々は趣味や娯楽といったことに

この余裕時間を使うことになります。

 

旅行、スポーツ、映画鑑賞、

読書に手芸に写真に絵画。

どれも楽しみのためのもので、

生きていくうえで必須とは言えません。

 

こうした余暇を楽しむ行動がある一方で、

特に好きなことや、したいことはないという

時間を持て余す人も存在しています。

 

そこで登場する言葉が「退屈」なのです。

 

余暇があって、何もしない状態を楽しむなら

それは「退屈」ではありません。

 

しかし、その何もしない時間に対して

何となく好ましくないと思っていると

これは退屈になります。

 

人は退屈すると、

何かをしなくてはならないと思い、

あれこれとすることを探そうとします。

 

長年をかけて人々が作ってきた、

生存のために何かをしなくてもいい時間。

 

そこを何かで埋めようと

必死になる現代人。

 

退屈を感じられるということ自体、

実はとんでもなく贅沢なことと思えば

そのまま退屈を味わうのも一興になりそうです。

 

 

選べる道を増やす、もう一つの見方を

★★★曽我部キキョウ★ほしよみ堂★★★ 

★★出演予定★★

★ほしよみ堂大阪アメ村店★
2026年10月
4日、5日、6日、8日、10日、11日、13日、17日、19日、20日、24日、25日、26日、29日、30日

★ほしよみ堂池袋店★
2026年10月
1日、2日、15日、16日、22日、23日

★★ご予約は各店舗にて承っております★★

ほしよみ堂大阪アメ村店のご予約はこちら

ほしよみ堂池袋店のご予約はこちら

★★タロットカードレッスン行っています★★

ほしよみ堂大阪アメ村店では、平日限定、お得なコースもあります

詳しく下の画像をクリック!

★★過去の記事はこちら★★
ほしよみ堂大阪アメ村店

ほしよみ堂

 

 >  【曽我部キキョウ】退屈という名の贅沢を捨てる人々

ページトップへ