
【龍空】打ち水に涼風―夏の記憶を呼び起こす瞬間
打ち水に涼風。
かつての日本の夏の風景に
必ずといっていいほど
あったこの言葉。
しかし
今ではなかなか
この光景に出会うことが少なくなった。
真夏の昼下がり。
アスファルトやコンクリートが
じりじりと熱を持ち
空気まで白く揺らぐような日。
そんなとき
玄関先で
柄杓を手にした人が静かに水をまく。
サッと地面を流れる水。
その瞬間
立ち上る水蒸気とともに
ひんやりとした
風が肌をかすめる。
打ち水がもたらすのは
ほんのわずかな
温度の変化かもしれない。
でも
その涼しさは
体以上に心にしみる。
偶然この風景に出会うと
思わす足を止めてしまう。
焼けたコンクリートに
パシャリと水が落ちる音。
そのあとに立ち上がる
なんともいえない匂い。
あの独特の熱を帯びた石が
水を吸ったときに
生まれる匂いは
私にとって
「夏本番」を
告げる合図だ。
エアコンの風では
感じることのできない
季節の匂い。
忙しい日々の中で
そうした五感で感じる夏を
忘れかけていたことに
気付かされる。
今や
打ち水は単なる
「昔ながらの習慣」ではない。
気化熱による温度の低下
ほこりの抑制
さらには地域の
コミュニケーションのきっけにもなる。
都会の真ん中でも
打ち水イベントが
行われていることを知ったとき
少しうれしくなった。
昔よりも暑さが厳しくなった
この時代だからこそ
ほんの少しの
水と心の余裕が
私たちの夏を
変えるのかもしれない。
今年の夏は
私も玄関先に水をまいてみよう。
あの匂いとともに
子供の頃の記憶も
よみがえるかもしれない。