【龍空】着物の柄が息をする――衣紋掛けという文化遺産
後世に残したい日本のことばに「衣紋掛け(えもんかけ)」がある。現代ではハンガーという言葉が一般的で、服を掛ける道具といえば誰もがそれを思い浮かべる。しかし、着物文化の日本には本来、着物のために考えられた「衣紋掛け」という美しい道具と言葉が存在していた。
衣紋掛けは、単に衣類を掛けるだけのものではない。着物を吊るすと、しわにならず形が崩れにくいように長さと幅が工夫されている。肩のラインが直線的であることも特徴で、洋服用のハンガーとは大きく異なる。きちんと衣紋掛けに掛けられた着物は、まるで一枚の絵のように柄がすらりと伸び、袖が自然に広がり、デザインの美しさを静かに際立たせる。しまい込むのではなく、掛けて眺め、四季の意匠や染めの色味を愛でる――そこには、日本人が布の美を大切にしてきた歴史が息づいている。
忙しい現代では、着物を着る機会も少なくなり、衣紋掛けという言葉さえ耳にすることが減ってしまった。収納効率を優先する時代だからこそ、衣紋掛けの存在は一見、古風で手間のかかる習慣に思えるかもしれない。しかし、だからこそ残したい。衣服を大切に扱い、目で楽しむゆとりを持つという価値観は、日本の美意識そのものだ。
言葉は文化を映す鏡である。衣紋掛けという言葉を忘れてしまえば、そこに込められた心まで見えなくなってしまうだろう。着物を着る人が少なくなっても、この美しい日本語と所作が、後世までそっと息づいていきますように。

