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【曽我部キキョウ】ありのままの私を見てほしい

小説に漫画にドラマに映画。

そんなフィクションの世界だけでなく

現実の中でも出てくる言葉。

 

ありのままの私を見て!

 

うんうん、そうだよね、と

共感する人も多い場面です。

 

でも、ありのままの私って、

どうしたら見えると思いますか。

 

まず、外見の話から見てみます。

 

例えば眼鏡は

13世紀に登場したと言われます。

 

最初は年老いても文字を読む人のための

老眼鏡だったようです。

 

人が文字を読むようになっていく

時代背景とかかわりがあるのは

想像に難くありません。

 

さて、その眼鏡ですが、

清代の中国では

目が悪くなくても眼鏡をかける人が

出てくるようになりました。

 

実際には視力に問題がない若者が、

知識人らしく見せるために

眼鏡をかけたのです。

 

当時の中国の出世コースと言えば

読書をし、儒教を学び、科挙に合格し、官僚になる。

 

ここからは、連想ゲームです。

 

本を大量に読む、つまり目を酷使する。

目が悪くなれば眼鏡をかける。

そんな人がいると、眼鏡をかけている人は

読書家で、勉強をする人というイメージができます。

 

ここで、逆の発想が出てきます。

眼鏡をかけている人は

勉強をしている人だろう、

だからきっと知的だ。

 

そうして、眼鏡そのものが

知性を表すもののように

捉えられていきます。

 

結果、実際には視力に問題がない若者が、

知識人らしく見せるために眼鏡をかける、

ということが起こっていました。

 

眼鏡は視力を矯正する道具であると同時に、

自分を知的に見せるための

自己演出の道具だったのです。

 

これは眼鏡に限ったことではありません。

 

他のファッションにも、

同じような傾向はあります。

 

スーツを着ていたら、

たとえその人がフリーターでも

人は堅い企業にお勤めの人と思います。

 

高級ブランドのアイテムを持っていたら

経済力のある人だと思う。

 

着物を着ていたら

茶道や華道でも習っているのかと思う。

 

つまり人は、その人の身なりから

ある程度の人物像を描き出します。

 

同時に、描かれたい人物像に近い身なりを

選ぶこともできます。

これは、自分の印象を

自分で操作しているようなものです。

 

意識的でも、無意識でも、

人は見られたい自分像に合わせて

外見を整えています。

 

さてここで、最初の話に戻ってみます。

 

ありのままの私を見て!

 

もちろん、その人の本質、

「ありのまま」のその人は存在します。

 

けれども、外見は見られたい姿に

整えられているのです。

 

どうやって他人が、

その人の本質的なところを

見ることができると思いますか。

 

ありのままの私は、

他人には見えないのです。

 

選べる道を増やす、もう一つの見方を
曽我部キキョウ

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